戦後五〇年と私 −最終回−

司会 竹谷 基


前号より続き

はい、じゃあ次は五月女さんね、お待たせしました。なんか良い事あった?東京で、思い出に残ることありましたか?

まだ若いし、ま、結婚の話があった。

〈どうしたの?〉

五年たって、社長にまあ真面目だから結婚しろって、ちょうど社長の娘がいたもので紹介してもらったけれどそれで半年付き合った。

〈付き合った。真面目だからな。〉

付き合ったんだけれど、…結婚式やる半年前、その娘、体が弱いから入院一週間も一〇日もして、結核。それで病院に一週間くらいもそばにいたけれどね、死んでしまった。あの時が一番つらかった。

〈それでもう何、その後、もう結婚の話はないの。その後は。〉

あったけれど。もうあまり、そういう付き合いをする気がなかった。

自分で探そう探そうという気はあったんだけれど、やっぱりそういうあれがあるからさ日雇い労働者っていう。だからずるずると来てしまった。

〈はい、それじゃメッキ工場に移って三年間そこにおってそのあとは?〉

メッキ工場も潰れちゃって、潰れてたというか勤めていた社長がやっぱり博打が好きで、従業員が一〇〇人くらいいて儲かった金を博打につぎ込んで借金して、その頃は銀行から融資というか、社長が一千万くらい借りていた。銀行からもらった金もねつぎ込んで結局何千万という借金かかえこんで、それの付けが結局従業員に回ってきて、我々も一年くらい面倒をみたんだわ。結局はお金はなくなって会社は倒産した。

本当は一人五〇〇万くらいもらえるはずだったのだけれど五〇万しかもらえなかった。五〇万も借金のかたにされてけきょくは五万しか手もとに残らなかった。みんな一〇〇人かばらばらになって結局おれと四〜五人残ったんだけれど、やっぱ四〜五人じゃできんもんで、結局わしは手を引いた。その時やっぱり一番いやだったね。

〈また、そこも倒産で仕事がなくなっちゃった。で、その次は、〉

探したんだけれど仕事がなくて、今度はもう田舎へ帰った。静岡で一週間くらい間をおいて自分ところの、そこは村だったんだけれどな、近くにちょうど鋳物工場があった。親父の縁故でな、親父の友達の紹介でそこへ三年くらい勤めて、どういうわけかなそこの社長も博打が好きで、結局そこも倒産してしまった。

〈なんか倒産ばっかりだな。それで〉

また、しかたなく、家の方は仕事がないので結局自分で名古屋の方へ来て五八年頃きて、初め名古屋の駅前をうろうろしていたら山ちゃんと同じで手配師につかまって、もっとも、仕事をやりたくてしょうがなかったからわざとつかまったんだけれどな。それで一番最初に行ったのは初め知らないもんだから一生懸命やってたけれど、まわりがあのおやじちょっとおかしいと言っていたけれど、給料、それもだまされて、そのおやじが全部使ちゃってさ。

〈そこは飯場なの?〉

飯場といっても、今、Hの、あのケタおちの。

〈ふーん、で、全然給料もらえなかったの?〉

いやその頃は一ヶ月働いて五〜六万しかもらえなかった。みんなでさ、集団トンコしちゃってさ、二〜三人で。結局自棄っぱちになって三人で金を持ち合ってみんな五万づつ持ってきたから一五万、それで飲んだり旅行したり遊んでしまって結局一銭も金がのこらなかった。それでまた名古屋へ戻ってきて、また元のように飯場へ行って。

〈いいところなかった?飯場にいいところなんかないか。〉

O町にあった。そこのところは家庭的でまともで二〇万くらいもらった。そこには五年くらいいた。あと半年の所もある。

〈そこは何でやめたの?そのいいところ〉

そこもどういうわけかおやじが病気で死んでしまった。癌で。従業員もだんだんやめて最後に残ったのは俺と二人残った。結局二人じゃどうしようもないというので、また手配師。

〈そういう所で仕事をしたんだけれど、どうでしたか仕事えらかった、厳しい。〉

仕事はなんというのかな人材派遣というかな、ああいう仕事だわな。

そこはエレベーターのドアのエッチング。エスカレーターの扉、あれはなんというかな、アルミのうえにエッチングして、初め謄写版みたいの刷って、それから機械にかけたらこう液が彫れていく。彫れていくところは山になるところは彫って、それから今度はふいてきれいにしたら、ホテルのエレベーターとかあるでしょう、それに貼っつける。それを現場に持っていって、そういう仕事をした。

〈工場に行ってそういう仕事をするんだね。建築現場とかには行かなかったの。土木関係の穴掘りとか〉

そこも行ったけど、あっちこっち行った。

〈いろんなところに行ったんだね。そうか。まあその頃は景気もよかったわね。飯場におって一番辛いことといったら〉

一番辛いことは……。

〈山ちゃんが言っていたように自由がきかないということ?〉

それもあるけれど朝早起きしなきゃいけないこと。三時、四時頃起きて、夏ならいいけれど冬は一番辛い。

〈早く起きて〉

寒いのに、他の人はまだみんな寝ているのにな。

〈そして現場へ行くわけ〉

みんなで車でね

〈はい、まだその頃は飯場にいたんだね。で、野宿をするようになったのはいつから?〉

野宿したのは一昨年の七月一日から。平成五年。

〈去年はずっと一緒に畑に行ったものね。栄で野宿をするようになった。なんで野宿するようになったの?〉

町には仕事がなくて、ちょうど仕事が全然なかったからそれからどんどん落ちこんじゃって。

〈それまではなんとか飯場におって、うん、初めて野宿をした?〉

そうだな。初めて野宿をした。

〈それまで全然野宿をしたことない?〉

うん、やったことない。だから場所(寝る)を探すのがさ、初めは山のなかで寝てみたりさ。また、雨が落ちる溝みたいのがあるでしょ。ちょうど溝にこうなった所に横になって。

〈じゃ雨が降ったら困るじゃない。〉

雨は降っていなかったけれど。雨降ったらどうしようかなと思った。あっちこっち歩いてさ、軒下とか見るのはまだ恐ろしくて、だれか人が来るのではないかとか、そうこうしているうち商店街を歩いていたら、商店街を一〇時から一二時頃までそこらを歩いて、結局、人間は寝ないと行けんから仕方なしに今度は商店街のちょっと軒下みたいなところで雨をしのいで、結局、まあ寒いながらも、その頃は、まだ、毛布も何にもなかったからダンボールと新聞紙を上にかぶっていた。朝寒くてとても、三時ころから目がさめてブルブル震えながら。

〈食い物はどうした?〉

食い物は初めは食べなかったな。結局、人と会って、ゴミとか出る所を教えてもらって、一緒に行ってゴミの袋をほどいて手を突っ込んで、はじめはいやだったけれど、汚くて。でもそれをやらなきゃどうしようもない。結局我慢してやって。

〈炊き出しを知ったのはいつから?それからすぐ?〉

一〇月頃。

〈じゃあ、三か月くらい知らなかったんだ。〉

知らなかった。炊き出しへ行くようになってから、まあ、なんとか皆と出会って、いいとこあると教えてもらって自分で取りに行くことを覚えた。それまでは全然わからなかった。炊き出しなかったら今はこんなあれだな、今はもう炊き出しさまさまだな。ほんと。

〈平成五年から野宿を初めて、もう仕事へ行きたくない?〉

行きたくないのでなくて。俺ももう体もあまり丈夫でないのでなんというかな、きつい仕事できないもんで、いい仕事があれば行きたいと思って。―まあ、片付けだわ―

〈福信館の片付け、金にならん!まあ、野宿だけでもからだがきついものな。〉

―また、飯食って行かないともたんものな、水だけじゃ―

〈飯を探すのに苦労するものな。どうですか?野宿していいことはないけれどさ、野宿するようになっていいこともありますか?〉

いいことはないけれど、やっぱりあれだな、幸せとは人と付き合っているのが一番だな。

〈いろんな人と付き合える。〉

いろんな世間話しとか。

〈もし人がいなかったら困るね。一人じゃ。なかにはおるでしょ、野宿している人のなかに人と話さない人が。ああいう人はどうやって過ごしているんだろうか、毎日。〉

―それは孤独。

〈よく中区の区役所の下にずーと一日いる人がいるね。〉

漫画とか雑誌をみて。

〈早く野宿から足を洗いたいでしょ。やめたいでしょ、できたら。どうしたいと思う?〉

―こういう体では安定所に行ってもなかなか使ってもらえないもの。

〈五月女さんは住所はあるわけでしょ。〉

あるけれど俺はちょっと訳があって頼めないので、だから人に頼んでもらってやってもらった。今Mちゃんが捜してくれると言っているけど

〈ふーん、あーそうか。だからもう一〇年近いね。名古屋へ来て。まずなんと言っても住む場所が欲しいわね。ま、どんな所でもいいけれど屋根があって、畳があってね、〉

―屋根があって温かい家でね、ぐっすりやすみたいわね―

やー、一番いいな。

〈*昨日行けばよかったのに。雨がふっとたら仕事しないであそこにいれば、うーんそうだよな。お金が欲しいと思う?〉

 *畑作業のこと、毎週金曜日に行っている

―俺欲しい、でも沢山はいらないわな。住む所と、寝る所と、食べるものがあれば。

〈食べる物と寝る場所ね、まあ贅沢はいらないけれど。〉

贅沢はいらない。

―昔と違って今はもうサークルKとかローソンは出さない*。ある所はあるんだけれど遠い。

 *残飯のこと。売れ残りの弁当等が捨てられる。

遠い、自転車でも三時間かかる。前はそこらにあったけどな。栄にもあったけれど、栄で出るといったらあれだけ。ドーナッツ。ケンタッキー。昔、T町のところで餌こうやってやっとったら、そうしたらローソンの中からどっかで見たような人が出て来た。女の人。そうしたら姉さんだった。そこで店をやっているんでね。

〈今もいる?〉

いる。

〈何の店?〉

スナック。

―俺も親戚の叔父さんが名古屋にいる。目の前に叔父さんがいるものだから下手のことはできない。TV塔の近くにスナックをやっている叔父さんがいる。タバコが欲しい時は電話していくでしょう。

―内職もいいわね。なんかあるよね洗濯バサミ。

〈あーあれは家がなきゃ駄目だよ。野宿じゃ、あれは数だからね。大変だな。千円もうけるといっても。〉

―いまダンボールをやっても千円も二千円もないでしょ。アルミ缶を集めてもそうでしょ

〈どうですか、五月女さん生まれて五〇年、今まで生きていてどうですか、よかったと思います?自分の人生五〇年振り返ってどうですか〉

いや、あまりいい人生じゃないな。もう一回学校時代に戻りたい。できたら。

〈やり直しがきいたらやりなおしたい?でも五月女さんはせっかく勤めても会社が倒産して、で社会保険とか入っていたのじゃない?お金かけていなかった?〉

その時はかけていなかった。

―お金も何もいらない。のんびりして、

〈いいよ、*中濃教会の庭にテントを張って、畑仕事をやれば〉

 *毎月一回畑師ごとに行く岐阜県の日本キリスト教団の教会

Iさんところだと気を使うで

〈そりゃ、どこへ行っても同じだよ〉

―Iさんのところは特にそうだ、今また一人入って来ているから

〈ふーん、そうか。五月女さんも畑仕事好きでしょ。ただ金にならんからな。何か金になることはないかな。金はいらん?タバコ代。〉

タバコ代は欲しい。

〈日本の社会に対してはどう思う?〉

矛盾だらけ。

〈どうして矛盾だらけと思うの?〉

なんとなく。一般の人はちょっと多めにみているけれど我々ホームレスに対しては冷たい、差別。

〈どうしてだと思う〉

―汚いという意味じゃないかな

汚いといったらきりがないし、

―一般の人には怖いというイメージがあるんだな

〈僕も怖かった。むかしは、よく知らない人だからさ〉

―よう子供に親がいうわな、あんたも勉強せんかったらこうなるよって。―結局、親がそんな事を教えるという事は、自分が苦労してビルとか道路をつくったことがないから言えるんだわ。そういう人たちがいないと道路とかそういうものが建つわけがないでしょ。

一般の人はそれを分かろうとしない。いくら我々が言ってもね。

〈ん、ん。要は裏と表の世界だものね。あんまり僕らも裏の世界って見ないものね。見ようとしないでしょ。〉

―ベンチで寝ていて子供が遊びに来ていて指さして、あそこに乞食が寝ているとなってしまうじゃん。

〈あと五月女ちゃん、もう全然、家とは関係ない、付き合いがない?〉

今のところないな。

〈付き合ってくれない?向こうが。〉

今?付き合ってくれないわな。

〈姉さんいますね。〉

姉さんいるけれど皆死んでしまった。兄貴も妹もいるけれど

〈全然、連絡をしない、お互いに〉

こっちからしようとしないし、向こうからも連絡ない。

〈んー、夢は?夢。〉

夢はないな。

〈まず家だな、寝る場所があれば。〉

一番いいな、寝る場所とあと自分が食えるだけの金があれば後は何もいらないな今のところは。

〈寝る場所をどうするかだな。ふーん後はずっと病気なんてしたことがないの?〉

病気はないな。

〈全然ない。じゃまだ一回も*区役所なんて行ったことがないでしょ。〉

 *各区役所に社会福祉事務所がある

行ったことがない。うん、生活保護なんてもらったことがない。

〈はい、五月女さんの五〇年、二〇年六月一五日生まれ、今年で五〇になるわけ。〉

あとちょうど三か月。

―後一〇年したら老人ホームに入れるな。

―いらないことをいうな

〈そうか、その五〇年で一番よかったのはいつ頃、東京にいたころ?〉

やっぱり東京にいたころだな。倒産しなかったらな。

〈その彼女も病気しなかったらね。結婚していたかもしれないものね。でもどうですか、日本は豊かになった豊かになったといいますけれど、どうですか。〉

やー、そういうのはお役所のいうことであって我々は感じない。だったら、日本が豊かになったのなら、海外からよく見られるためにという見栄をしているのと一緒だものな。見栄だよ。見栄っ張りが多いからよく見られよう、よく見させようとしている。

〈はい、わかりました。それでは岡ちゃんの人生、どこまでいったのかな。イカ釣りの船に乗って、それから名古屋へ戻ってきていろいろ建築の現場をやって、手配師にひっ掛かったことはないの?〉

手配師にひっ掛かったことはないです。新聞の募集を見てね、それで自分で行って社長が使ってくれるというでしょ。手配師にひっ掛かった事はないですね。

〈で、最初は建築の仕事があったらそこへ行ったり、終わったらまた別のところへ行ったり。そういうのは何、組に入って行くの?〉

ま、そうです。地方に出張で行くでしょ。一年なら一年という風に決まって行くわけですね。

〈ない時は?〉

ない時はまたこっちに戻って、また飯場で生活する。

〈飯場を中心に、東北に仕事があったら東北に行って仕事をする。どうですか飯場の生活は〉

一番嬉しかったのはM建ですね。M区の。そこはちゃんとしているし、待遇もいいしね。一番辛かったというのは、あの当時一番最初に飯場に入った時、酒が飲めなかった。

〈ほー、岡ちゃんが?〉

寝ているでしょ。仕事終わってかえって来て残業してくたくたになっているし、飯食って風呂入ってそして寝ていますね。そうすると先輩が横にいるでしょ、当時、なんか雑魚寝というか一か所に一〇人も二〇人も寝ているわけ。その寝ているとき布団をめくられちゃって酔っ払った先輩が俺の酒をお前のめないのかって因縁つけられちゃう。黙っている。喧嘩になるといけないと思って寝たふりをしていた、そうしたら三人かかりで押さえこまれて口あけられて一升瓶を流しこまれた。あれが一番辛かった。

〈飲まさせられたのね。それで何時から酒を飲むようになったの?〉

それからです。

〈ふーん、で、えーもう何か所も飯場に行ったの?〉

少なくて三か所ですね。大阪の本当のタコ部屋にも二年くらい入れられたから

〈大阪のタコ部屋にもいた?ふーん、どういう所なのタコ部屋って〉

仕事終わって帰ってきますよね、飯は食えるんだわ。朝、昼、晩。テレビは見れないわけね。

〈なに、見せてくれないの〉

見せてくれない。置いてないんです。トイレだって中にあるだけで、部屋の中にあるわけ、そうして入り口が三か所あるのだけれど見張りがいるんです、木刀をもって入り口に一人づつ。それでトイレへ行く時はついてくる。水飲みに行けばまたついて来る、という風にして。風呂へ行く時はまとまって行く、その時は五人くらい木刀をもってついてくる。そうするとちょっと逃げようとすると肩だろうが足だろうが木刀でめって打ちにする。金はくれないしね。

〈なんでそこへ行ったの?〉

なんというの。ちょうど金がなかったもんで自分の仕事、新聞に載っていたもんで、それで行ったんですね。まさかそんな所と思わなかったですよ。

〈で、どのくらいいましたか?〉

二年くらい。そのタコ部屋から出て名古屋に来ました、それからM建設に入った。

それからM区の朝鮮の飯場なんだけれどH組そこに四年くらいいました、それからもうおよそ仕事がなくなって

〈いつから野宿がはじまったの?〉

これはね、H組をやめてからだね。昭和の五七、八年くらいかな。それからずっと*アオカン。アオカンやりながら炊き出しとかパトロールに参加するようになった。

 *野宿の事

〈ずーっと、なに、栄にいるの〉

はい、ずっといる。

〈栄も随分変わったでしょう〉

あの当時と比べるとだいぶ変わった。印象に残るのはテレビ塔と大津橋が印象にのこる。

〈じゃ炊き出しは一〇年くらい前から知っているわけね〉

はい。

〈炊き出しはもう今年で二〇年目だ〉

パトロールを参加したのは駅からだったから。

〈どうですか、この一〇年間野宿をしていて変わったことがありますか?〉死者が多かったということ。いい時もあれば苦しい時もある。

〈なにが野宿をしていて苦しいですか、いやなこと。〉

喧嘩で、人から因縁をつけられたとき。

〈どういうことで因縁をつけられるの?〉

道を歩いているでしょ、そうすると金を出せとかね、酒買って来いとか、タバコ買って来いとかね。そういう事が多かったですよ。それとやはり食べる物。それと家があって温かい布団でぐっすり寝たいという気持ちがある。

〈布団でな、ぐっすり寝たいよな。〉

今でも自分の考えでは仕事をやりたいのだけれど、飯場に行くともう五〇過ぎているので使い走り、ゴミみたいに捨てられちゃうでしょ。

それがやはり労働者としては辛いですよね。使う時は使って、使えなくなったらゴミと一緒でほかるみたいで。パトロール中でも僕はよくいわれるんですよね、お前なんでこんな所でアオカンしているんだと、だれも頭は一緒だぞ、好き好んでこんな所で寝ているんじゃないんだ。家庭の事情があってのことで寝るんだから、*餌を取りに行くのでも恥を忍んで取りに行くんだ。もし兄弟がおって家があれば、そんなことはできん。それは恥だ。やっぱり親元離れて、親もいない、布団に入った時たまには思い出すのじゃないかって言ったことがある。やっぱりそれが辛いですね。働いて金でもあれば好きなパチンコもできるし、映画もみれるし今も現在も餌はなんとかあれだけれど、一番辛いのはタバコが切れた時だね。

 *食べ物のこと

〈どうするの?切れた時は〉

吸わない時もあるし、やっぱり道を歩いている時長いタバコが二、三本落ちていることがあるでしょ、空箱をもっていてそれに詰めて吸う事もあります。

―雨降った時が一番つらい

ガソリンスタンドへ行ってね、

―俺もよくやったな。

〈ガソリンスタンドにあるの?〉

はい、

〈あ、捨てるものね灰皿を〉

いいやつがあるもんでね。

―たまに交換しているとシケモクがあるかと聞く

それはちょっと山ちゃんあれだろう、ほんと度胸がなければいくら人間がずうずうしいからといってそれはちょっと山ちゃん無理だよ。

もちの木広場で寝ている中ちゃん、会長というけれど自分一八年くらいの付き合いだわ。こっちが金あるとき飲ませてご馳走したり

〈はい、夢は何ですか。〉

やっぱり家が欲しいね。

〈家ね、家みんなで造ろうか。庄内川に〉

それと金少し握って田舎に帰って、今まで育てくれた叔父さんと伯母さんに少しでも恩返しをしたいという夢がありますよね。やっぱり今までずっと育ててくれた人だから。今だに忘れない。

その気持ちは死ぬまで一生忘れない。

〈でも施設におったのでじゃない〉

おったんだけれど、ぼくのほんとの親代わりだから、裏切ってはいかんという気持ちもあるし。

〈そうか、でもそのためにはまとまったお金そのためには何かしなきゃな〉

やっぱりなんと言っても家があって温かい布団で寝たいですよね。

〈たまにここで泊まればいいじゃない、布団を敷いて寝てください。岡ちゃんね原爆でお父さんを亡くしているけれど、戦争と原爆に対してなにかありますか〉

戦争は二度とやってもらいたくないし、もう二度と原爆もやってもらいたくない。今度またもし落ちたら日本は全滅だと思うわ。

―平和すぎるわね

〈平和すぎる?んー平和ではないけどなドンパチはやっていないけれど〉

―ゴミでもなんでも捨てるでよ、こんだけ平和だと

―ゴミ戦争

―食べ物でも何でもパッパ、パッパほかっちゃうで

戦争が始まったら今の若い子なんて真っ先に出されるで。

〈みんな逃げてしまうで、原爆で亡くなった訳でしょ、何か補償金とか何かお見舞い金をもらったの、そんなの全然ない?〉

自分の叔父さんが預かっているみたいだよ、親戚の叔父さんがやはり原爆にあっている。

〈あなたはなに落ちた時おったでしょ、ぜんぜん知らない?被害とか〉

僕はその時、鹿児島におふくろの在所が鹿児島だもので。

〈そっちに行ってて、よかったね。落ちたら死んでるかもわからんな。〉

〈じゃ次、山ちゃんの、M町から聞いていないの〉

その後から、M町から野宿に入った。

〈何時から、何歳から?〉

三〇過ぎから。

〈三〇才すぎてからM町に行ったんでしょ、それで五、六年ペンキ屋をやって三五、六からだね、今年何年目?山ちゃんは二五年生まれ、四五才か今年〉

―俺、山ちゃんはてっきり俺より上かと思った。

〈野宿始めて一〇年くらい、で、どうですか野宿して〉

エライことは*エライな洗濯はできないし、風呂は入れないし

 *きついこと

〈ん、ん、それくらい?〉

テレビが見れんとか、それは贅沢けど

―それは別に贅沢じゃないよ、それは本音だよ。

〈でも野宿をやめて飯場に入ろうと思うこともあるでしょ〉

飯場というか、どこかの寮へ、住込みの仕事とか。飯場でアパートを借りてくれるよな、ああいう寮

〈飯場よりはね、パチンコ屋とかは駄目〉

パチンコ屋はもう年だから使ってくれへん、今若い人だものなパチンコ屋は。

〈山ちゃんも重労働はできないものね。土木建築関係の仕事で一番きつい仕事はどんなこと。〉

一番きついのは石屋の仕事。

〈どういう事をするの〉

V字溝を並べたりするの、真っ直ぐの道ならいいけれどね、山みたいな所でこういう山みたいなところでね一輪車で。

〈機械を使わない〉

いや機械の届かない所はみんな、機械の届かない所へ来たら重機の中に入れて下手すると指を詰めるでね。

―俺もやったけれど、あれはえらいぜ。

〈舗装とかそういう仕事はしたことある?〉

あるよ。

〈暑い時があるでしょ。舗装なんか〉

倒れたことがある。暑くて。匂いとあれでね。弱っちゃう。夏の暑い時にね

〈んー、夏しかやらないものね、舗装って〉

―冬もやる。夏よりも冬が一番いいんだわ。

〈足やけちゃうでしょ〉

やけちゃうよ。くいこんでくるもの。入ったら皮膚にぴゅーってくいこんできてやけてしまう。

―あれ絶対やけどしたら水に冷やしたらいけないの水ぶくれになるから

〈ほー、ありがとう。ふーん〉

舗装で一番いいのは夏がいいんだね。伸びが早いから。冬だったら早くやらないと固まってしまうでしょ。

〈それで夏多いんだね。ダムとか行ったことない〉

ダムはないな。ゴルフ場はある。山梨のね。

―ダム工事は怖いところだな。幅がたかいでしょ。何回かある。落ちてコンクリ流しこんで、そういたら分からん訳だ、人間がはまったって。ダムというのはばらす時に真っ白になるまでほかっておくわけ、真っ白になってばらすでしょ。しばらくしてから二、三日してから人間の落ちた格好が分かる。落ちてこういうようになるでしょ、そうすると何というかな、油がさ滲んでくるの、人間のね。それであーこれは人間とすぐ分かる。

〈それそのまま?〉

はぜるわけ。その時にもう仕事をやれなくなる。二年なら二年間。あれうるさいよ。

〈で、最初どこで野宿をしたの?〉

俺は栄だな。一番最初は違うよ。教会みたいなところで、豊橋の山の中。トンコしたわけね、それで夜、山道を歩いておってちょうど教会があったのね、そこで中に入っていらっしゃいと言われた。ピザトーストみたいなのね焼いてくれて、外人。

〈それからあなたはキリスト教に興味をもったのね。最初にお寺に行ったらお寺かもしれない。もうそれからずーと、でも時々仕事行くでしょ?〉

たまに行くよ。

〈んー、どうですか。野宿は一日も早くやめたい?〉

やめたい。

〈卒業したいわな。そのためにはどうしたらいいんですか?〉

努力しなければいけない。安定所に行っても断られる。頭悪くて断られる。だからといって日雇いもさ、もうあんまりやりたくないんだわな。

〈前あなたおばあちゃんのお世話をしたといったでしょ。自分のおばあさんなの?〉

知らないおばあさん。

〈それはなんで?〉

姉さんの旦那がさ離婚しとらんときに、その人の奥さん。姉さんと一緒になっているんだけれど、まだ奥さんがおった。病院で。その世話をした。おばあさん。

〈でもなんで。山ちゃんがしたの?〉

やる人がおらん。

〈それは人がよすぎるんでない。〉

そのおばあさんの兄弟もなかなか来てくれない。パートで忙しいとかね。それで交替でずっと。

〈それはあなたがペンキ屋の時〉

朝、ペンキ屋して夜ずっと。

〈兄弟はどうですか、あなたの面倒みてくれる〉

しないな。会っても知らん顔。

〈お父さんお母さんはまだ生きている?〉

もう死んだ。

〈葬式は行った?〉

おふくろは行ったけれど、親父は虫が知らせたか知れないけれど一遍電話しようかなともう死んどった。

〈山ちゃんが野宿をしている時お父さんは死んでしまった?

その時は大阪に行っとった。

〈名古屋と西成の違いは?〉

やっぱりスケールが違う。仕事も全然ないこともあるものね。

〈だいたい大阪にどのくらいいたのですか?〉

友達も大勢いたからね。あっちの組合を手伝うと五〇〇円くれるものね、こっちはくれないけれど、五〇〇円くれてワンカップくれてね、ほんでタバコをくれるの。それと五目飯みたいの毎日。

〈行けばなにかくれるんだ?〉

そうそう。

〈行けばなにかくれるわけ。ふーん。だってこっちは小さいもの〉

―大阪の西成釜協なんて一つ間違えば大変な事になる。命がなくなる。正月なんて寝ている人に布団なんかくばってね。

〈向こうはこうかたまって寝ているんでしょ〉

そうそう。センター。それでわしに車の中でのっとてくれって毛布配るの。

―ただ怖いのは夏場だね。公園で寝てると金もって寝ているととんでもない、朝になったらパンツ一枚だで。

〈あーそう、身ぐるみはがれて〉

―うん。金はとられ、腕時計はとられ背広は上下全部それに革靴もとる。それは警察へ行ったって駄目、なんでかと言うとお前たちがこんな所で寝ているのが悪いんだってこうなっちゃうから。

あっちの方の炊き出しも手伝ったよ。あっちは簡単だものね。まずいしね。

〈数が多いでしょ。何千人って。〉

ここみたいにみそ汁じゃないものね。ほんとのおかゆだもの。

―それでも贅沢だって。

味がないでさ、みんな飲み屋街に行くとこうして塩がのっているでしょ、玄関に、あれを取って来てそれを御飯にかけて食べる、味がないんだものね。

〈ふーん。ま、こっちは野菜と煮ているからね。で、どうですか、野宿から足を洗いたい〉

死んだ親父がたまに言うんだけれどさ、人間一回二回は、はい上がるんだって、自分がようなる時があるんだってな。一回二回絶対。それを生かすか生かさんかで違う。

〈なるほどね。〉

絶対あるって。

〈それをうまく生かせるか生かせんか、でもねその時からだが具合悪い事もあるしね、いろいろある。たまたま腹がいたかったり、この間そうだったじゃん。あなた就職見つかったけれどいかなかったでしょ。何時だったあれ?〉

だいぶ前か。正月開けてから。そうかあれは高蔵寺におって電車賃がなくてな

もう今ね教会とかよ、ああいう所で住んでね、銭とかそういう問題じゃなくてな掃除とねああいうのをやっていきたいな。

〈ん、それはいいけれどさ。でもちゃんと寝る場所と飯を食わせないといけないでしょ、それが問題だ。ここだっていてもいいけれど、山ちゃんたち飯食わせるの大変だもの。ま、自分で米は一杯あるしな、いいよ、そこ二つね、そこの倉庫の中で二人寝れる。ね、よかったら。〉

―ダンボール、バッと敷いて。

〈布団はいっぱいあるよ。〉

ガスボンベはあるしな。

―すぐこれなんだから。

〈ふーん、それでこのあいだ五月女ちゃんに沢山ぼろとかでるからさ、あれ出しにゆけばタバコ代出るようになる、と言ったけど。あそこの公園にいるおじさんたちにやればただだけれど、自分たちで持っていけばいくらかになるでしょ。それでどうですか、山ちゃんの今までの人生、よかったですか?〉

まあまあだな。

〈は?あー、ほんと。いや、でも野宿よりは前の方がいいでしょ。野宿の方がよかったと思うことがある?〉

よかったということはないな。今は小屋の中で寝るからよかったけれど、今まであれの前は電車にのって、その前は公園で寝て。

〈ふーん、いいことないわな野宿なんてひとつも、でもどうかな、じゃ今度は三人にみんなに聞くけどね。皆それなりに野宿をする前はちゃんと勤めたり、仕事をしとったわけだけど、そういうサラリーマン時代と、生活いわゆるサラリーマンだわね、それと今とどうですか?やっぱりサラリーマンのほうがいい?〉

それはやっぱりサラリーマンのほうがいい。結局なんでかと言うとあれでしょ。働けば給料もらえるし、美味しい飯食えるし、家があって温い布団で寝れるということがあるでしょ。

〈五月女ちゃんは?〉

そうだなサラリーマンは今みてちょっと羨ましいという感じがある。

〈なにが羨ましいの?〉

仕事もあって、ちゃんと行く所があってさ、立派な会社があってそれで一日はアパートで温い布団に入れるし寝られるし、金は何十万ともらえるし、何十万っていうか少なくとも一五万から二〇万とれる。休みはあるし、我々は休みあるけれどあってもないみたいなもの。

〈休みばっかりだものね。〉

こういう生活だと食事を食ったり食わなかったりだから、規則正しくしとらへんから。

〈僕らみているとサラリーマンは大変だよ、毎日通勤電車にのって、〉

だけど我々からみたら羨ましい。

〈人に使われる、山ちゃんは嫌いだという人に使われなきゃならない。偉い人にペコペコ頭さげなきゃならないし〉

そりゃあれだな、我慢するでな。

〈そりゃ我慢しなきゃいかん?〉

そりゃ我慢した方がいい。

〈僕は、ほうか。勘違いしとった。みんなサラリーマン嫌いだから野宿をしているのかと思った。だって山ちゃんはサラリーマンをすぐやめたんでしょ。なんとかという会社。〉

俺はそうおもうな。

〈まだちゃんと勤めがあって、家があって、毎日嫌でも我慢して通って、それで給料をもらった方が〉

会社だと時間にしばられるな。

―それはそれだよ、山ちゃん。

ペンキ屋とかそういう所だったら時間に縛られんでね。これだけやったら終りとかね、あるでしょ。もちろん残業もあるよ。これだけ目一杯やってから終わろうって。

―ペンキ屋にしろあれだよ山ちゃん

―その人その人の考え方がある

〈じゃ今、就職すればいいじゃん、どうしてしないの?岡ちゃんも就職すればいいどこでも、なんでしないの?住所ならここにすればいい、ここ貸すよ。五月女ちゃんにしてもここの住所にすればいい。住所があれば就職できるでしょ。すればいいじゃん、なんでしないの。五月女ちゃんどういう就職、掃除でもなんでもガードマンでも、見つけようと思えばあるでしょ。そこですよ。なんで?〉

安定所にいってもなかなかないもの。断られちゃっんで、もうちょっと待っていようと思うと。もうこれはあかんなと。

〈自分でいくと?〉

いくでしょ、そうすると三日後に連絡しますというのがもうあかんなということ。

〈それを諦めずにずっとやればいいでしょ。〉

―栄の地下街に知っている人がおるんだわね。僕の田舎の人だけれど、在所の人なんだけれど、ここで掃除する人二人か三人いないかねと言うんだけれど、僕やりたいなと冗談で言うと、そうするとやっていても。

ひどい奴ばかり通るだろ、お前ここでやっているのかって言われたことない?本人はやりたいけれど。結局そういうところでやっていると親戚のおじさんが栄におるもんで

〈いいじゃん、それも大事な一つの仕事だもの〉

―そうしたら俺やりたいって言ったんだわ。そうしたところ今人間がいっぱいでと言われちゃった。その人にも言ったことがあるんだわ。人数が欲しいんだけれど、なかなかみつからないよって。

〈今またね仕事がないからね、そういう所にみんな行くわね。五月女さん仕事見つけてサラリーマンになったら、ね、〉

昔クマさんに仕事紹介してもらったことがあるんだ。掃除、ホテル、昔。

〈あ、そういう仕事ならあるんじゃない。ラブホテルの?〉

今池に紹介するところがある。

〈そういう派遣業がね〉

いかんかった。おこるでと言っとった。

〈でもそれは若い時の話かも知れないね。まだもうちょっと一〇年二〇年わかければいいんだけれどね。今はどうなの?できれば毎日することがあって〉

それはそうだよ。

〈もうちょっと収入があってね、それがいつもほしいわね〉

現在でも現金の所には車が来ているのだけれど、やっぱり足元を見るね。

〈あーほんと。安すぎる?もう年とってるからって?〉

年とっているというかなんか。

―言うことがえげつないんだわ。朝早くから起きて行っているのにさ。三時半から四時頃に起きて行くでしょ。そうすると先に来ているでしょ。「にいちゃん仕事やらんかね」と言ってくるでしょ「ああ、いいですよ」車に乗っていると後ひとり若い人がくるわね、運転者、顔見るわ。「オイにいちゃ、お前こんなところに乗って何してるんだ」って、仕事行くつもりで乗っているんだよ。さっき乗ってくれって言ったんだよ。それで喜んでいたんですよ。僕とあと四人くらい、五人で乗っていたの。社長が行ってくれというので喜んで、ジュースも買ってきてくれた。ポッカを、それを飲んでいた。そしたら同じ業者の若いのが、運転手が来て「何やっているんだ、降りろ」って。お前仕事できるのかっていうので、俺カーっと血が上ってさ、みんなあそこ他の業者の運転手もおるし大将もおるその前で言われた、こんなクソーこんな寝むたい時には早よ起きてきて、何のために起きてきたか分からない。字を書いて間違えたら後で消しゴムで消せるけれど人間の言葉は消そうとしても消せないでね。お前そのものの言い方はなんだって。

〈そりゃそうだわな、取り消さなければな。ふーん。〉

それでみんなおいどうするんだって。社長にひとこと言ったんだわ、あんた所の若い衆がこんな事を言ったのでやる気がなくなった、またいつでもくるから明日でも来るから、今日は俺みんなで帰らせてもらう。

そしたら社長が悪かったね、ちょっと待ってくれって喫茶店に連れて行ってくれた。呼ばれちゃって。悪かったって、一万二千円くれた。

〈えー、すごいね。〉

そこの若い衆、二週間後に行ったらクビになったって。今でも現金仕事、高いとか安いとか言ってる場合じゃないからさ。

一日働いて飯食えればいい。片方が一万円で片方が一万三千円。誰でも一万三千円の高い方に行くわね。けれど高いとか安いとか言ってられないので。一万円でもいいがね、行ったら明くる日飯食えるし、好きなパチンコでもできるでしょ。

〈まだでもな、岡ちゃん五〇才で若いしな、五月女ちゃんもなそんで五月女ちゃんの場合は三回会社が倒産したんだよね。んーん。でもなんで今自分が野宿するようになったと思う?〉

―自分が悪い

〈自分が悪い?それだけ?何で自分がわるいの〉

努力が足りなかったとか

〈なんで?M町のペンキ屋どうしてやめたの?〉

どうしてやめたというか。ちょっとした事があったので。

〈それ言いにくい?〉

言いにくいという事ないけどね。ちょっと……。

〈じゃ、あとで内緒で〉

―山ちゃんの場合は上から言われるのがいやだろ

怒られた事はない、そういうのはない。言われたことはない。可愛がってくれたよ。

〈山ちゃんはなに結婚の話はなかったの?〉

結婚の話はない。

〈全然?一回もない?兄弟から結婚の話ない〉

親父は言っとったよ。M町で養子になれってあったでしょ。

〈ペンキ屋ずっとやっとればよかったのにな。そう思わない?やっとた方がよかったと。〉

M町におった時に姉さんと旦那がおったでしょ。そこは旦那の家だったので、旦那の所にわしが入って来たので、それでわしはアパートを借りとったんだけれど、旦那が姉さんとも別れてしまったの。そこはもう旦那の家でしょ。

〈おれんはな。〉

それでわしはついに一人になってしまった。

〈他のペンキ屋へ行けばよかったのに。〉

他のペンキ屋も行く気はあったんだけれど、ま、そこの親父はよう面倒をみてくれたけどな。そこにね、娘さんがおった。そこで誤解された。手を出したとか。

〈山ちゃんが手を出したって、本当か?〉

一緒にアパートへ遊びに来た。夜に。何もせんだよ。で、朝出たの。

〈おー、朝帰り〉

わしはそこで寝へんよ。でも、親父はそうとは思うとらんだった。

〈でも、娘はその気があったんでない?ねえ。〉

その気はない。

〈その気はない、なんで遊びにくるんだよ、そんなの。〉

酒飲んだり、これ、シンナー吸ったり、それで親父が怒るんで怖いんでそこに寝かせてって、一緒に寝るわけにはいかんのでわしは姉さんの所に行って。

〈ふーん、ま、まだ四四か、惜しいね、もうちょっと頑張って〉

今でも。

〈じゃあ福信館ペンキ屋でも始めるか。安くしますよって。〉

あの人びっくりしてたよ、きれいになったって。

〈じゃ、あとで取りに行こう。五月女ちゃんは何で野宿するようになったと思う?〉

―五月女ちゃんもあれだな人間性じゃないかな

〈でも、努力、我慢する人だよね。だって前の会社も他の人がやめてもずっと最後までいたでしょ。〉

あと行く所がなかったから。

〈でも今でも仕事があればそっちへ行く?今だとどうですか〉

条件があえば。

〈条件次第か。ま、仕事じゃなくてお金にはならないけれどボランティアみたいな仕事があるしね。岡ちゃんどうなの、なんで自分野宿をするようになったの?〉

それをいわれると返事に困るけれど、

〈いいですよ、考えてください。考える時間いっぱいあるから。さ〉

堕落したとはおもわんな。人から見りゃ堕落したと思とるけど。ま、しょうがないな、こんな生き方。ただ人に悪い事をしなきゃいいなって。

〈はい。〉

―結局自分の力がなかったということだな。

〈そう?なんでボイラの免許はとったし他の焼き物工場見たいな所はいかなかったの?〉

行きたかったけれど、それみんな身内だから。

〈会社の?〉

違う違う、お得意さんとか。そこみんな親戚関係だもんでね。まさか、同じ会社でボイラの免許をもっとって、また一からやりなおさなきゃならないでしょ。

〈うーん〉

またこっちとやり方が違うから。品物の取り方にしろね、またよそへ行っとったらまた一から勉強して、またボイラの免許をとらなきゃならないからね。

〈イカつりの船とかずっとやろうとおもわなかった?〉

やらない。半年に一回とかしか帰ってこれないからね。睡眠不足になってしまう。それで一年くらい乗っていたときに北朝鮮にぼわれちゃってだ捕されて連れていかれたことがあるから。

〈ほんと。ふーん、船って大きいの?〉

大きいですね、一四、五人乗って

〈中に冷凍しておくわけ?〉

釣るのではなくて、なんというの、ひっ掛けるんだわ。その下に透明のグリーンのあれがその下に重りがついているから、かかって巻く時、電気で自動なもんで巻き上げをやるときにひっ掛かってくる。もし北朝鮮にだ捕された場合は四年くらいは帰ってこれないからね。

〈英雄になっていたかも知れないな。〉

あれだ捕された時、僕の親戚のおじさんが四年くらい帰ってこなかった。新聞に載るわ、テレビにでるわ、

〈みんな力がなかったとか努力が足りなかったとか言うけれど、それだけ?まあ、運もあるわね。岡ちゃんところだって会社つぶれてしまった。あと残りの人生何十年あるか分からないけれど何をしたいですか?五月女ちゃんから〉

残りの人生は、そうだな。

〈死ぬ時は今のまんまだと野宿、結局、公園かどっかで死ぬわけでしょ。〉

そりゃ自分では畳に、できたら。

〈で、その死ぬ前までに何をしたいか〉

わからん。自分が少しでも金をためて

〈海外旅行?〉

そこまではまだ考えないけど、あとのんびりと自分のやりたいことをやって。そんなことない。

〈あ、長崎に帰りたいと言っていたものな。〉

長崎に帰って田舎で一か月くらいのんびりして自分のなんでもいいからさ、なんというのマグロ漁船ね、乗りたい。

〈もう年だ。マグロ漁船な。マグロって凄いらしいな。あれは日本人しか食わない。だから今、日本は世界中のマグロをとっているでしょ。で、岡ちゃんも死ぬ時はどこで死にたいとおもう?〉

やっぱり畳の上だな。

〈ま、僕がおかチャンより長生きしていたら車でその遺体を長崎まで運んで。骨、骨だな、骨を長崎に流せばいいね。〉

いくらでも口で簡単な事をいうけれど、えらいでね。獲れたてのものをすぐ冷凍させるから。一回船に乗った人間じゃないとわからないと思うけれど、立てるという。頭、三角形でしょイカは。足をこう入れ違いにする、それを立てるという。みんな知らない人はこう立てると思うけれど大間違い。頭と足を入れ違いにして箱に入れるから。それを立てると言うの。鳥取の境港とか大坂の堺港、あっち辺りにもっていくの。ああいう船にのって一番こたえるのは船酔いするのね。二回か三回船酔いをすると後はだいぶ慣れてくるから。ああいう船に乗っていて一番つらいのは、あれだね。船酔いもそうだけれど、波が荒いでしょ、まともにかぶるからああいう船に乗っている人はあれだね、あんまり食わないから、みんなこればっかりが多いから

〈酒を飲む?〉

航海が長いから一か月くらいならいいけれど、三か月だから。

〈そうですね。〉

確かに半年に一回くらい帰ってくるのは金がいいけど。

〈はい、山ちゃんは?これから何をしたいですか?〉

のんびりして。

〈もう、年寄りみたいなことを言って、のんびりして〉

畑やって、のんびりして

〈まだこれからじゃん。なんでのんびりしたいの?〉

のんびりというかな、人に束縛されないでのんびりやっていきたい。

〈ふーん。束縛されないように。でも、お金を稼ぐということは束縛されているということだね。そこが難しいんだよ。そこが問題なんだよ。〉

仕事で気を遣ってもいいんだけれど、帰ってきてまで気を遣うのはいやなんだよ。現在、*Iさんの所にいるでしょ。ね、帰ってきても気を遣なければならない。

 *野宿の仲間のリーダー的な人

〈うーん、それじゃどうしたらいいの?だから寝る場所くらい自分で好きなできる場所〉

御飯でも自分で炊けるしな。

〈炊けばいいじゃない、自分で。〉

今だってIさんの所にガスが置いてあるでしょ。あける時まだ寝ている時があるでしょ、ガチャガチャやると怒るが。

〈自分で持ちゃいいじゃない。御飯炊く時ああいうカセットコンロで炊くわけ?あれ一本で炊ける?〉

炊けるよ。

〈あ、ほんと。どのくらいで?一〇分?〉

もっとかかるな。二〇分くらいかかるな。

〈それでボンベはもつの?一時間くらいもつ?〉

そんなことないな、もっともつな。

―普通の所で買うと高いけれど、Dに行くと安い

〈今、安いよな。何百円もしないか〉

それならば、中濃教会へテントを持って行って、テントを張ってやればいい。

〈じゃ今でもさそういう場所があれば中濃教会に行って暮らしてももいいと思う?〉

うん。

〈あそこに小屋でも建てて、今でも?五月女ちゃんもできる?〉

場所さえあればできる。後は自分で何かやる。

〈何か考えてやる。あー、そうか。〉

だから場所があれだわな。

〈でもそれこそあとは銭だわな、お金〉

それはなんとかする。自分で稼ぐ。

〈畑仕事はそれこそ一杯あるんだよ、ねえ。これから温くなるから忙しくなる。だから、でも、岡ちゃんはどう、そういうのは。〉

僕もそういうの好きだね。実際、今全然やらないけれど。

〈場所さえあれば〉

うん。

―でもやるのならやっぱり気のあう人とじゃないとな。

〈それは問題だ〉

変な人とじゃ気が合わないからな。

―そりゃそうだよ。

―一人リーダーみたいな人をたたて

〈そうか、じゃちょっと考えますね。テント、あなた上げたテントをもって来て、夏場はあれでも。今度持っていこうか?建てさせてもらおうか。〉

やかん持って行って。

〈いいよ、〉

ああいう所に行ったら新鮮なイカをちょっとなるべく多めに買って行けばさ、塩辛できるからさ。ビールのつまみにできるからさ。

〈酒も自分で作ってなあ、でもそれは都会は難しいものな。テント張って何とかというのは。うーん。うー、でも高蔵寺も最初はみんな沢山きたけれど最近はね来なくなったね。そうして?〉

結局ね、なんだかというと原因は一つあるんだわ。それは僕らも栄で知っているやつがいるんだけれど、行きたい奴もおるんだけれど、結局なんでかと言うと、行きたいなと言てたんだわ。行きたいといえばIさんも行きたい人間がいれば岡ちゃん誘ってくれくれって。来てくれよ、何人でも欲しいで来てくれって。そしたら飯は食わせてくれるのか、酒はでるのか、金はでるのかときたんだわ。それは間違いだぞって。わしらは現在畑に行っているけれど、別に俺たち酒を飲むとか飯食うとか、そういう考え方は少しももっていない。なんで畑に行って野菜をつくるのかというと、俺たちが食べるのじゃないんだ。みんなで栄、駅と労働者の雑炊の中に入れて食べさせるのが俺たちの役目だと。それで俺たちはやっているんだ。そう言ってんだけれど、わからないんだな。すぐ金の問題になるから。行ったら金くれるのかって。そう言われちゃうと何にも言えない。栄にいるKちゃんでも連れて来たらいいんだけれど、酒弱いだろ。そうなると酔っ払うと崩れるんだわ。今、Kちゃん仕事出ているんじゃない。それでグズグズ言うしさ、人に迷惑かかるもんで、そういうもんでKちゃんも誘えないわけね。自分だけならいいけど一緒にやっている人間が、そこに行っている人にも迷惑かかるでしょ。そういう奴を連れて行くとやっぱり今までやって来たのがなんのために。

〈でもなぁ、栄でぶらぶらしているよりな、ちょっとはいいと思うけれど〉

そりゃいいと思うけれど

〈それだけでもいいと思うけれどね。〉

でも、そこまで皆考えない。結局考えるのは酒だ、金とかそうなっちゃう。そういう風になる、仕事がないとそういう風になるわな、それはわかる。

〈玉葱大きくなっている?〉

大きくなったよ。

〈あ、ほんと。そうだな、でも仲間を増やしたいね、畑に、ね、もっとね。そうしたら正月でももっとあそこで過ごせるものな。今年の正月は中濃教会で過ごしてもらいたいな。〉

おれ、こっち高蔵寺の方がいいわ。

〈でも、あれだよな。だから炊き出しにくる人もね、やっぱいつも食べるだけじゃなくてね、自分達で食べるものを作るというか作ろうという気持ちも必要だと思うけれど〉

それがわからない。いくら言ってもわからない、あんまり言いたくないけど相手もそう言ってるよ。Tさんでもな、一緒に寝ている、あんたらあそこへ行ってかなり儲けるのかねって。そういう事いってる。

〈そういうこと言ってる?〉

返事しようもない。なんと言ったらいいかな。仕事やっとって仕事ができなくなったらTさんにポイ捨てられるよ。そんな事言っている。

〈そんなこと言っている?なんじゃそれ〉

Iさんなんかパトロールなんか全然出ないでしょ。パトロールとか炊き出しにね、そうしたら俺にさ、岡ちゃんお前毎日出ろって。毎日出ろといっても人間だでよ。

〈うーん、休みたいわな〉

体が風邪をひいて寝込む事もあるんだでよ、そんなことできないよっていったんだわ。それじゃ何のためにお前パトロールやっているんだって言われたもので、そんな事を言うなら自分が出ればいいがやって。よっぽどそう言いたいな。逆に。

〈そうかー〉

人間だものそんなに毎日機関車じゃないんだからさ。人間だからどこで体が悪くなるかわからないから。ま、早いところなんだな畑でのんびりすごせたらと思っている。

【完】

「ももちゃん便り」目次に戻る