炊き出しに参加して

AVANTGARD 3年 片山 淳



 250人以上。毎週木曜日の炊き出しを待つ人たちの数です。名古屋市の一角で、少なくともそれだけの人が住む家を持たず苦しい生活を強いられ、その中でこの炊き出しを待っています。

 僕が始めて高架下の炊き出しに参加したとき、予想以上の人数に驚きました。そしてその人数の中で自分ができることがあまりに小さなことに感じ、積極性のない自分が情けなく感じてしまいました。このままではいけない。必要としている人たちがいるのだから、その期待に応えないと。反省した僕は、それからまず挨拶を始めることにしました。挨拶だけならちっぽけなことかもしれないけれど、大切なのは偉大なことをするのではなくどれだけ心を込めて行えたかだとマザーテレサは言いました。

 僕は整理券を配るときも配膳をするときも、漫然とではなく礼の気持ちを込めて接することを心掛けました。250人以上の大人を相手に、口先だけでない「こんばんは」を言おうと気をつけてみました。すると、最初に思っていた以上に挨拶が返ってくることに気付きました。そのとき驚くほどあっけなく、輪の中に溶け込めたような気がしました。思えば大学生になってからこんなに挨拶を大切にした記憶がありませんでした。僕らが忘れがちにしていた“礼”を思い起こさせること。それが、炊き出しの得たもののひとつだと思います。


戻る